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V gao

How was your day?

#017 8月10日

 

  忘れられない日になった。

 

  人生で初めて " 友達 " の告別式に参列した日。

 

 

  8月10日。

 

 

  このブログに書くことなのか迷った。

  楽しい出来事とか何でもない日常をただ

書きたかっただけの場所だから。

 

 

  でも、今のこの気持ちを忘れてはいけない

気がするし、整理したい。

 

  相変わらず上手く言葉に出来ないし

長くなってしまうだろうけれど、とにかく

ありのまま書いてみる。

 

 

 

 

  訃報が届いたのは昨日の昼過ぎ。

  私は大阪に仕事で出掛ける母親を駅に

送ったところだった。

 

 

  コンビニで飲み物を選びながら着信音を

聞いてちらっと画面を見た。

  高校のクラスLINEが動くなんて久しぶり

だな、と思った。

  会計を済ませてから読もうと、しまいかけた

時に【訃報】の文字を認識した。

  

 

  亡くなったのは高校時代のクラスメイト。

  心臓麻痺で突然だったらしい。

 

 

 

 

  彼女は下宿して地方の国立大学に通っていたから

卒業後はそんなに会う機会がなかった。

  それでも、同窓会には参加していて

同じテーブルで飲むぐらいの仲だった。

 

  今月の末にも同窓会の予定があった。

 

  また会えるんだと思っていた。

  今思えば、何の根拠も無いのに少しも疑って

いなかった。

 

 

 

  高校時代は、順位が近くてよくそんな話を

してた。

  2人で1位と2位を占めて喜んだのを覚えてる。

 

  " いつメン " と呼べる子達とはあまり勉強の

話をしなかったから私にとって貴重な友達

だった。

 

 

  彼女は私より10cmくらい背が高かった。

  どんな理由だったのかはもう覚えていない

けれど、よくハグしてた。

  なんでだっけ。

  分からないけどよくしてた。

  

  ちょっとした事でもケンカになるような

年頃だったと思うけれど彼女はいつもフラット

だった。

 

 

  私が " いつメン " とちょっとしたすれ違いから

誰が悪いでもないのに口も聞けない状況に

なった時が1度だけあった。

  私たちのグループはどちらかというと派手な

子が多かったし、男女混合で人数も多かった

から客観的に見てクラスの中心的な存在だった

と思う。

 

  (色々あった中学時代までと決別したくて

そういうグループに入ったのはまた別の話

だけど)

 

  それに、今でもそうだけどそもそもクラス

自体の仲が良くて、それぞれの関係性が筒抜け

だったのもあって、" いつメン " の気まずさが

クラスに伝染してた。

 

  少なくとも当事者の私には、そう感じられて

クラスにいるのが辛かった。

 

  でも、そんな時でも彼女はいつも通りに

接してくれた1人だった。

  すごくありがたかったのを覚えている。

 

 

  体育祭や文化祭などのイベントでは一緒に

写真も撮った。

  解けなかった課題について話し合ったり

彼女は授業中に寝ちゃうことがあって

何の話してた!?って聞かれたりする

日常だったと思う。

  (それでも成績は良いんだけど)

 

 

 

 

 

 

 

  正直なところを言えば、確かに私は彼女の

親友ではない。

  彼女のことは高校時代だけしか知らないが

その高校時代ですら " 彼女の親友 " と考えると

すぐに違う名前が思い浮かぶ

 

  その子の方が私なんかよりよっぽど

哀しいかもしれない。

  思い出す彼女との出来事も多いはずだ。

  見返す写真だってきっと何倍もある。

  伝えたいこと、伝えたかったこと、それこそ

この夏の予定だってもうあったかもしれない。

 

 

  それでも、私は今 哀しい。

  すごく、哀しい。

 

  失ってから分かったわけじゃない。

  親友とは言えないかもしれないけれど

大切な友達で、突然の死をすんなり受け入れ

られるような人じゃなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

  LINEを読んで、暫くはそんな風に色んな思い出

が蘇ってくるだけで全く実感はなかった。

  式場の名前や住所なんかも書いてあったけど

頭に入ってこなかった。

 

 

  徐々に状況が理解できてきても、次は

 

  だいたい1人で告別式やお葬式に参列した

ことなんかない。

  何を準備すれば良いのかすら分からない。

  喪服だってまともに持っていない。

  そもそも皆行くのだろうか?

  行けるのだろうか?

  行けるとしても行くだろうか?

 

  人生の先輩に聞こうにも、母親は今まさに

大阪に発とうとしている。

  そんな的外れなことで頭がいっぱいに

なった。

 

 

 

  昨日は予定が詰まっていて、まずはすぐに

NOVAへ行かなければならなかった。

  その後はご飯を食べる間もなくバイト。

 

  切り替えようとはしたけれど、NOVAでは

最初の近況のコミュニケーションで何を

話したら良いか分からなかった。

  本屋のバイトでは、いつもより声が

小さくて、いつもより抜き取りに時間が

かかった。

 

 

  そうして21時過ぎに帰宅した。

  とりあえず友達数人に参列できるかどうか

を聞いた。

  LINEするにも、どんな文体で送るのが

適しているのか悩んだ。

  絶対に誤解されたくないのに文字だけで

伝えるのは難しかった。

  

 

  行くと決めた子もいれば迷っている子も

いたし、まだ大学が休みに入っていなくて

講義があるから行きたいのに行けないという

子もいた。

 

 

  その頃になって、ようやく心が決まった。

 

  同い年の、20歳の、つい数年前同じ高校の

同じクラスで過ごし、つい数ヶ月前に笑顔で

会話した友達の " 生きていない " 姿を見るのは

怖かった。

  自分の親と歳も近い彼女のご両親が、突然

娘を失って(しかも下宿先で)、どんな気持ち

だろうと想像すると会うのが怖かった。

 

  でも、もし行かなかったら一生何かが心に

残る気がした。

 

 

 

  今日は、昼過ぎから美容院に行く予定で

予約してあった。

  その後は大学の友達とご飯に行く予定

だった。

 

  冷静に考えたら比べるまでもない。

  美容院なんていつでも良い。

  友達との夕飯は式の後でも充分間に合う。

 

 

 

 

  そこから用意を始めた。

  まだ、泣かなかった。

 

 

  母親に連絡して一通りの必要なものや

御香典の額や書き方なんかを聞いた。

  成人したとは言え、自分は何も知らない子供

のままだと実感した。

 

  喪服はなかったが、塾講で使う黒のスーツが

何着かあったのでインナー次第で代用できた。

  それらしい靴も持っていなかったので黒の

ローファーにした。

  無地のものがなかったので初めて深夜に

コンビニまで黒のストッキングを買いに

行った。

  鞄や数珠は母親のものを借りた。

 

  御香典に名前を書く時、一応薄墨の筆ペンを

使ったのだが、緊張した。

  色々と調べてみたら読みやすいことが第一で

薄墨の筆ペンを使うなんてことは二の次だ、

と出てきた。

  それが分からないわけではないし、本質は

そういうことだと思ったけれど、受け取る人

に少しでも気持ちを伝えたいと考えたら

やっぱり出来る限りの作法?伝統?礼儀?は

尽くすべきな気がした。

  何回も練習してから書いた。

  読みにくくはなかったと思う。

 

 

  その後 友達とご飯に行くのに黒ずくめのまま

という訳にもいかないから着替えも用意して

おいた。

 

 

  準備が全て整ったのはもう午前1時くらい

だったと思う。

  とりあえずベッドに潜り込んでみたものの

全く寝付けなかった。

  ベッドに入れば5分とかからず眠れるのが

取り柄なのに。

 

  結局4時ぐらいまでは時計を見た記憶がある。

  朝 起きたらまだ7時だった。

 

  式は11時からで30分前に着くように

したとしても10時に出れば充分だったから

まだ寝られたが何となく起きて準備を始めた。

 

  ゆっくりスーツを着た。

  覚悟していたのに、不思議と、あまり暑い

とは思わなかった。

  ちゃんと膝が隠れるかどうかスカート丈だけ

は姿見で確認した。

 

  その後はいつも通り、コンタクトをして

歯を磨いて、顔を洗って、朝ごはんを食べた。

  メイクに関してはよく分からなかったけれど

とりあえずいつもより地味にしてチークや

リップは使わなかった。

 

 

  9時ぐらいに友達からLINEが来た。

  隣の中学から同じ高校に進んだ同級生が

車を出すから拾って行こうかと提案してくれた。

  自分なりに交通手段は考えてあったけれど

1人で行くのも不安だったのでありがたく

乗せてもらうことにした。

 

  他の友達も拾うから、と早めに出ることに

なったので少し慌てた。

  乗せてもらうお礼に常温で保存していた

ゼリーをいくつか袋に入れて持った。

 

  男友達の運転する車に乗るのも初めてだった。

 

  思ったより安全運転で怖くなかった。

  " いつメン " の中の4人で一緒に行った。

 

 

 

  車内の雰囲気も少し心配していたけれど

" 普通 " にしてくれて居心地が良かった。

  お互いに意識していたのも事実だけれど

この時はまだ心のどこかで信じられて

いなかった気がする。

 

 

 

  こうやって数分前に連絡を取っただけで

いとも簡単に同級生と会えているのに、

あの子にはもう会えないというのが

すごく不思議だった。

 

  何かの間違い、とまでは思えないにしても

亡くなった、とは受け入れられなかった。

 

  だって、極端なことを言えば、もし携帯が

壊れたのが先月じゃなく丁度今でLINEが使えて

いなかったら?

  あの訃報が届いていなければ、彼女は多分

私の中で今も " 生きていた " 。

  彼女が亡くなるのは、今月末の同窓会で

友達にその旨を聞いた時だった。

 

  何て言えば良いのか分からないけれど・・

こうやってブログに長々と書くほどの友達が

亡くなっていたのにあの一通のLINE以外は

哀しいぐらい何ひとつ変わらなかった。

 

  滅茶苦茶なことを言っているとは思うけど

頭の中に浮かんでいたことを言葉に起こすと

こうなってしまう。

  何言ってんだろ。

 

 

 

 

  式場に着いて、同じような真っ黒な服を着た

他の友達とも合流してやっと実感してきた。

  お母さんが出てきて名前を聞かれたから

全員名前と高校の同級生だと伝えた。

  泣きながら、ありがとう、と言われた。

 

  こういう場での自然な会話なんだろうけど

印象的だった。

  ありがとう、ってプラスの言葉だと思ってた

けど哀しみしかない場でも使えるんだな、って。

  嬉しい、とか楽しい、とかとは違う。

  うん。

  また何を言ってるのか分からない。

 

 

  式が始まる前、流れに逆らわず棺の中の彼女

に会いに行った。

  流れに逆らわず、とは言っても正直 何度か

躊躇った。

 

  でも覗き込んで見ると、普段の彼女だった。

  綺麗だったし、お化粧もしていて・・・

  ドラマや何かで亡くなった人を見て

「眠っているだけみたいだ」とかって台詞を

言っているけどこういうことなんだな、って

思った。

 

 

  式が始まってもまだ泣かなかった。

 

  最近は言われることも減ったし自覚もないけど

感情が足りない、とか冷たい、とか冷酷、とか

小さい頃から親や友達に言われていたから

受け入れられないけれど今日も泣きはしない

だろうと思ってた。

 

  ちゃんと喜怒哀楽は感じているつもりだから

表現が小さい?ということなんだけど。

 

  何とも性格が悪いけど

" 泣かなかったらまた冷たいと思われるかな? "

" なんとか頑張って涙を出した方が良いかな "

って思ってたぐらいだった。

 

 

  現に、途中まではそうだった。

  参列者の年齢層がかなり低かったからなのか

男子も女子も泣いていて、崩れ落ちる子も

いた程で焦った。

  確かに、哀しい。

  もし自分だったら今死ぬのは無念だし

家族をあんなに泣かせると思うと辛い。

  でも涙が出なかった。

 

 

  書けば書くほど嫌な奴だな。

 

 

 

 

 

 

  でも、式自体が終わって予想外の展開に

なった。

  火葬する施設も併設している式場なのは

知ってたけれど、それは家族だけが行くだろう

と思ってたのに参列者全員でそこまで見送る

スタイルだった。

 

  あれだけは耐えられない。

 

 

 

 

  いつも誰のお葬式に出ても、それが近しい

親戚であっても、涙は出ない。

  (そしてその後 怒られる)

  (確かに心象が良くないのは分かるから

仕方ない)

  でもそういう " 死 " に関わる出来事の後に

決まって見る夢がある。

 

 

  自分でも信じられないぐらい想像力が

逞しいらしく。

 

  亡くなった人と一緒に間違って火葬する

あの小さな銀色の箱みたいな部屋に入っちゃって

外から鍵をかけられて閉じ込められる。

  当たり前だけど、あの中には鍵を開けられる

ような人は入らないわけだから出る術がない。

  内側から一生懸命声を上げて助けを求める

のに誰も気付いてくれない。

  なぜかすごく小さな窓が付いていてそこから

向こうの様子が見える。

  誰も私がそちら側にいないことになんて全く

気付かないで故人を惜しんで俯いて泣いてる。

  ママ!!パパ!!って精一杯の声で叫んで

ドンドンと叩いているのに扉が厚過ぎて

伝わらない。

  順番に火柱が立ち始めて、あの小さな箱の中

を逃げ惑うけど段々逃げ場がなくなっていく。

  熱くて、熱くて、亡くなった方は涼しい顔で

眠ってるのに、私は生きてるから熱くて、

 

  ってところぐらいで目が覚める。

 

  冷静に考えれば矛盾だらけなんだけどね。

  一緒に間違って入るなんてあり得ないし

小さな窓なんて付いてない。

  あと火柱とか勝手に想像してるけど

どういうシステム?で火葬しているのか

なんて知らない。

  そもそも1人っ子として、物心つく前から

うちの跡取りだって言われて、自分で自信

持って言えるほど愛されて育ってるのに

居ないのに気付かれないはずがない。

 

  この夢を最初に見た時に母親に話したら

「まだ死に関わるのは早かったね、ごめんね」

って言われた後に

「でもそれめっちゃ嫌なパパとママじゃない?

どこかに忘れてきたことなんて一度もないのに

心外なんですけどー!こんな愛してるのに

気付かないなんて絶対にあり得ないっ!」

って熱弁された。

  嬉しかった。安心した。

  あ、そう言えば「ちゃんと何か感じてるんだ

って安心した。良かった。」とも言われた。

  「そこまで思ってたの!?」って私も心外

だったな。

 

 

 

 

 

  そんな人間だから、また本物の銀色の箱を

見るのは耐えられなかった。

  気付いたら手だか足だかが震えてて、

止めようとしたら涙が流れてた。

 

  使わないだろうなって思ってたハンカチを

慌てて取り出してゴシゴシ拭いた。

  係りの人が 棺が見える所に移動してください

なんて言うから止まるものも止まらない。

 

 

   鍵をかけて喪主の方に1時間20分程です

って渡してた。

  怖かった。

  1時間20分。

  タグの付いたコインロッカーみたいな鍵。

  8番。

 

 

  1時間20分で20年生きた体が骨だけに

なるの?

  さっき見た綺麗に化粧もされて寝てるだけ

みたいな彼女が?

  何回もハグした体が今まさに目の前の箱の

中でって思ったらもうダメだった。

 

 

 

 

 

  散会した後、何とか泣き止んで一緒に来た

メンバーで喫茶店に寄った。

  彼女の話だけじゃなくていつも通りの馬鹿話

もした。

 

  元の世界に戻って来た感じがした。

 

  なんか、今こうやってテーブルを囲んでる

私たちは、生きてるんだな、って思った。

  心臓が動いてる。

  当たり前なんだけど、当たり前じゃない。

 

 

 

 

  皆と別れてから名古屋に向かってDOUTORで

友達を待っている間、また泣けてきた。

  さっき会った子達とはまた会えるのかな。

  自分は明日も生きてるのかなって。

  こんなこと考えながら毎日生きるわけには

いかないけど、忘れちゃダメなんだろうなって。

 

 

 

 

 

  今日1日、やたらと心臓の音が煩かった。

  ドクドクドクドク、

 

 

 

 

  まだ暫く止まりませんように。

  私のも、私の大切な人たちのも、誰かのも、

誰かの大切な人たちのも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  本当に長くなっちゃったな。

  それに支離滅裂。

  避けては通れないことだから " 大人 " に

とってはこんなの大袈裟なのかな。

  いや、彼女が亡くなったことで感じたことを

大袈裟なんて言うのは失礼極まりないな。

  問題は私の嫌な部分が露呈してるってこと。

  読み返したら自己嫌悪に陥りそう。

  素直に書いたらこうなってしまうんだなあ。

 

 

 

 

  心の底から

 

 

  ご冥福をお祈りいたします。

  大好きです。

  今までありがとう。

  出逢えて良かった。